Latest Tweets:
"
現実と虚構の区別と社交性
「阪神x巨人戦」が中止になったようで、代わりに血液型による行動の違いなどを紹介した「血液型ランキング」が放送されていた。離婚しやすい血液型、太りやすい血液型などが紹介されていた。
その真偽はともかく、あくまでこれは個人的な観察だが、血液型性格判断を信じている人ほど、社交性があるように思える。反対に、血液型性格判断を信じていない、正しい判断力を持った人の方が、社交性が低いような気がする。
正しい判断力のある人間よりも、判断力のない人間の方が社交性が高い――。これは、メディアによる人間への影響を調査した結果と一致する。坂元章らによる「青少年と放送に関する調査研究報告書」(2002)によると、現実と虚構の区別がつかない人ほど社交性が高いという分析結果が出ている。ただしここでいう虚構とはテレビのことを指し、テレビゲームは含まない。テレビの影響を調べた結果、現実と区別のついていないほど社交性が高いことがわかった。テレビゲームの場合、現実と虚構の区別が出来るかどうかと社交性との間に関係はなかった。
また、NHKの調査(『NHK日本人の性行動・性意識』)でも、似たような調査結果が出ている。メディアから影響を受けた人たちと、そうでない人たちを比較したところ、メディアから影響を受けた人の方が、恋人にも恵まれ、初体験の年齢も早かった。「メディアの影響」と聞くと負のイメージを抱きやすいが、実はメディアから影響を受けている人の方がコミュニケーション能力に長け、性的な領域では活発な様相を見せているのだ。
"現実と虚構の区別は出来きすぎてはいけない (2004-09-05)-憂鬱なプログラマによるオブジェクト指向日記 過去ログ- (via kanose)
「血液型性格判断を信じている人ほど社交性が高い」というのは私も同意するけど、因果関係が逆なんじゃないか。もともと社交性が高い人ほど、社交のためのツールとして血液型性格判断やテレビを重宝することになる、と見る方が筋が通ってると思う。例えば以下のような話。
mara’s comment to Rauru Blog ≫ 血液型性格判断
性向っていうよりコミュニケーション技術の問題だと思う
日本人も、政治と病気とその場にいない人の話はしないなんて縛りつけて初対面の人と話せるように鍛えなきゃいけないんじゃない?
昔は見向きもされなかった血液型性格判断が70~80年代ぐらいになって急に流行りだしたのって、地縁血縁共同体の崩壊が加速してコミュニケーション技術が必要になって、でも鍛えてくれる人はいなくて、とりあえず安直なツールが求められた、ってことなんじゃないかな
でもそれって、まだ半世紀も経ってないこと
今でこそ天気の話から自然に会話に入ってく技術を持ってるイギリス人だけど、第二次囲い込み直後の頃ぐらいだったら、農村崩壊への適応が間に合ってない今の日本と同じような状況だったんじゃないかな
あと数世紀もすれば、日本ももっと落ち着いてるんじゃないかと思う
これは血液型の話だけど、テレビも同じような話かと思う。なぜ日本人がテレビを見るかと言うと番組が面白いと言うより「周囲と話題を合わせるため」が主目的だろう。つまりそれは社交性とほぼイコール。
んで、もともと社交性の低い人が、現実と虚構の区別を曖昧にしてメディアから欲望や価値観をコピーしたところで、それで社交性が高まるかと言うと、私は無理だと思う。因果関係が逆だから。
(via raurublock)
(via featherogs)